カテゴリ:ニュース・評論( 15 )

卵かけご飯

お茶碗に温かいご飯を入れて
別の器に生の卵を溶いて少しお醤油を混ぜます、
あとはそれをご飯にかけて混ぜるだけです。

おかずの無い時に時々食べますが、
私が子供の頃は卵が貴重でしたから、
一つの卵を兄妹で分けてかけていました。
たまに一人で全部かけられる時はうれしかったです。
こんなものでもご馳走でした。

ご家庭によっては、
お醤油の代わりにだし汁を使ったり、
とろろ芋のすりおろしを少し混ぜたり、
海苔を混ぜたりで多様な食べ方があるようです。

赤ちゃんの離乳食の終わりごろには、
黄身だけを混ぜて与えていました。
このときの香りは卵らしい美味しい香りでした。

別の器を使わずに、
ご飯の上で直接卵を割り、
お醤油を少し入れていきなりかき混ぜます。
これが正統派だと言われる人もあります。
もし卵が腐っていたりすると、
その時は悔やまねばなりませんね。

こんなものでもと書きましたが、
とても味わい深い大好きな食べ物です、
卵かけ専用のお醤油も登場しています。

つい先日、究極の卵かけご飯について、
島根県の雲南市で各界の名士が集まって行われた会合で、
10月30日を卵かけご飯の日と決められたそうです。

こんなのんびりとした会合があるなんて、
平和な日本です。
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by grand-ant | 2005-11-07 05:19 | ニュース・評論

ラジデン

NTTドコモはラジオ付き携帯電話「RADIDEN(ラジデン)」
(ソニー・エリクソン製)を今秋発売するそうです。

ラジオとカセットが一体のものが「ラジカセ」
ラジオと携帯電話が一体になった「ラジデン」ですね。

ラジオ付きというので興味があり調べてみました、
AM、FM、TV(音声)の3バンドチューナーを備えています、
これが世界初だそうです。

TVとFM付きはすでに存在しています、
それに、AMラジオがついたと言うわけです。
従来のワンタッチボタンラジオの性能はそのままで、
特に目新しさはありません。

表が電話、裏がラジオでそれぞれを張り合わせたような、
面白みのない構造です。
ところがこれにはカメラがついていませんし、
メモリーカードスロットもありません。

携帯電話といえばカメラ付が当たり前になっています、
私のようにカメラ機能は宝の持ち腐れの人には、
案外支持されるかも知れません。
カメラを良く使う若い人には支持されないかもです。

表も裏も操作するボタンがむき出しになっています、
ポケットの中やバッグの中で
何かの拍子でスイッチが入りそうです、
今使っている二つ折りの電話はその心配がなく安心です、

今使っているカメラ付携帯にラジオが付けば
とても魅力的なんですが・・
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by grand-ant | 2005-08-31 05:21 | ニュース・評論

もったいない

祖母はよく「もったいない」と言ってました。
ご飯を残しても、おかずを残しても、
いつも言われました。

日本語がそのまま世界に通じる言葉はたくさんあります。
ジュウドウ、カラオケ、エキデン、タスキ、ツナミ、
スシ、サケ、ゲイシャ、トウフ、サムライ、等々
このなかに「モッタイナイ」が新しく入るかもわかりません。

アフリカの環境を考える女性がいいだして、
「もったいない」思想を広めようと言ってます。

アフリカでもヨーロッパでもアメリカでも、
こんな思想が無かったとはおかしい話です。
ずーっと前から私の体にはこの思想は深く根付いています。

弊害も出ていて使っていないものでもなかなか捨てられません。
いつか使うだろうと思って部屋の隅に置いてます、
物を買ってくるたびに家が更に狭くなります。

「もったいない」思想は環境にやさしそうですが、
これらのものを捨てると環境を害ししそうです。

物を買わなくなると市場は冷え込んでしまいます、
大量に買えば、いずれは廃棄されるゴミが増えます。
文明はゴミとの戦いです。

スーパーに行って何気なく入れてもらっているポリ袋、
用済みのポリ袋はゴミになってゴミの量が増えているそうで、
これを有料にして流通量を減らそうとしています。

私はこのポリ袋はゴミ袋として、
二度目のお役をしてもらって捨てています。
小さな物を買ったときは袋は貰わないようにしています、
小さなポリ袋は数が多くなってくると使い道がありません。
有料化でどう変わるのでしょうか。
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by grand-ant | 2005-06-23 04:52 | ニュース・評論

不思議な金属片

不思議なニュースがありました、
道路のガードレールに取り付けられていた金属片、
全国各地から見つかったとのこと、
誰がどんな意図で何時取り付けたのか、

この金属片ナイフ状の三角形でとがっています、
それがだいぶ錆びていました、
ということは数年前から付いていたのではないか?

正体の分からないUFOを見ているような、
イギリスの麦畑に現れるなぞの幾何学模様のような、
得体の知れないものですね。

なぜもっと早く気づかなかったのでしょう?
なぜ見回る人が見落としたのか?

こんなに全国から見つかっているからには、
単独犯ではないかも知れない。

人が怪我をするのが面白いのか、
そんな期待を込めて真夜中に付けて回っているのか、
曲がった心を持った人達ですね。

もう大分前ですが送電鉄塔が倒されましたね、
犯人は見つからず時効になった事件、
これも不可解で、重大なテロ行為でした。

今回の金属片、不思議と言うよりは不気味です。

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心を和ませましょう、庭の隅にクローバーの花が咲いていました。
別名か本名か"ムラサキカタバミ"の名もあるようです。
時々四葉はないかと探しますがありません。
このクローバーは三つ葉の種でしょう。
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by grand-ant | 2005-06-04 06:41 | ニュース・評論

デイサービス

2月頃から母の体調が急に悪くなり、
2階にある風呂に入るのが大変になりました。
しばらく考えていましたが体調もやや持ち直し、
デイサービスを受けようと思い、
ゴールデンウイーク明けの9日に申し込みました。

デイサービスを受けるためにはまず区役所に申し込み、
それから10日ぐらいして調査員の方がこられました。
体調などお聞きになって書類を作られます、
それを区役所に届けられた日(翌日)が交付年月日になります。

この段階ではまだ要介護度の区分は未定です、
決定されるにはもう1ヶ月以上は掛かるそうです。
始めに区役所にお願いに行ってから最終の決定が出るのに、
2ヶ月以上掛かっているそうです。

区役所にサービスを早く受けたいのでと懇願しましたら、
前倒しでデイケア業者にお願いしてみてくださいとのことで、
お願いしました。

それから1週間して業者の方が来られ、
また体調などを聞かれ書類も書きました。
持ち帰って相談しますからしばらくお待ちくださいとのこと、
又1週間して今度はサービスの担当者が来られました。

何かの事故のためと書類を3~4通書いて捺印、
週に1日のデイサービスの日を決めて、
やっと了解していただきました。

昨日がそのデイサービス初日でした、
しかし、この日は施設の状況に慣れて貰うためということで、
入浴は次回からだそうです。

9時過ぎに迎えに来られて、3時に送ってこられました、
他の方々とお話しをしたりゲームなどをして昼食をいただいて、
帰ってきたようでした。

幼稚園や小学校にあるような連絡帳もありました。
そこにその日のことが書かれています。

お風呂だけでもと思いましたが、
面倒なことがたくさんありました。

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岩船寺の庭にたくさん咲いていました。
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by grand-ant | 2005-06-03 05:28 | ニュース・評論

田園風景の記憶

山陰本線の車中から眺める景色は、
山と畑ばかり、大きな駅の周りでもビルはありません。
平野の広がるところでは田んぼと畑が続き、
幾何学的な地模様がきれいでした。

所々に農作業小屋があって、
お百姓さんが忙しそうに働いておられました。
季節によっては一面のレンゲソウの花がきれいだったり、
田んぼに張られた水が鏡のように見えたり、
緑と黄色のまだら模様の草原に見えたり、
日本らしい風景に見えていました。

各農家には牛が飼われていました、
田を耕す頃には牛が一斉に活躍している姿は、
普通の景色でした。

水田のあちらでもこちらでも、
何頭もの牛がスキを引っ張っていました、
クワを手にして耕している人達や、
多くの人が一列に並んで苗を植えていたり、
田園風景が思い出されます。

現代のような複雑な社会でもなく、
車窓からそんな景色を見ていると、
見る人の心にもゆったりとした時間が流れ、
いい時代ではなかったかなと思います。

食べる物や着る物には困る時代でした、
青春の希望を抱いてみんな都会へと出て行きました。
お金は無くても気持ちは豊かでした。

先日大鵬親方がテレビの中で言ってました、
「今の人は恵まれすぎて意欲を失くしている」と
強い日本人横綱がいない事に嘆いておられました。

「衣食足りて礼節を知る」とは言いますが、
今の日本は衣食もお金も足り過ぎて
礼節も意欲も置き忘れています。

田園風景を思い出して考えてしまいました
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by grand-ant | 2005-05-26 06:48 | ニュース・評論

安全な国に住みたいです。

私の小さい頃は田舎では畑仕事や山仕事に行くのに、
出入り口の鍵も掛けないで出掛けていました。
たとえ掛けたとしても縁側の障子にまで鍵はありません、
夏などは開けっ放しでしたよ。

それでも泥棒などは入らなかったし、
物騒な殺人事件や傷害事件も記憶にありません。

火事の記憶はいくつかあります、
しかし、これはうっかりした不始末からです。
放火ではなかったと思います。

今から思えば安全な町でした。
最近はだいぶ様変わりしてきたようです、
のどかな山間の町の事件もニュースに登場するようになり、
残念でしかたありません。

今年に入って私の家の回りが騒がしいです、
数日前もご近所に放火があって、
ボヤのうちに消し止められましたが。
新聞にも載らないボヤ騒ぎが4~5件起きています。

ちょっとしたボヤでも消防車が10台近くやってきます、
近くで止まると私も野次馬になって覗きます、
自転車カバーであったり、ゴミ袋であったりが、
水浸しになって消えた後がほとんどです。

他人の家に放火するなんて何のつもりだ!と怒りたい。
整理整頓をするようにと言われても、
これ以上はどうしようもない。

線路に自転車を放置して行く奴もいます、
徳之島ではガラス、便器を壊して歩く男が居ました。
じーっと見張っていないといけない世の中です、
嫌な世の中といえばありきたりですが・・

このネットの世界も怪しいです、
出会い系サイト関連の事件が多いです、
世界で一番安全な国「日本」へはもう戻りませんか?
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by grand-ant | 2005-05-21 05:49 | ニュース・評論

トヨエースライトバン

トヨエースってご存知でしょうか、
いまの形は洗練されていますが
前世紀のトヨエースは直線的で野暮ったい形でした。

トヨエースにライトバンとパネルバンがありました。
この後部車体を作る会社が京都にあったのです、
ここが私の仕事の始まりです。

車は本社で作っているのはエンジンとシャシー(台座フレーム)で
その他は外注が主流です。トヨエースもそうでした。

フロント部分(キャブ)は刈谷にあった某車体メーカーで、
後ろの部分を私がいた京都の会社で作っていたのです。
シャシーとキャブだけで走る車を見られたことはありませんか、

トヨペットスタウトライトバン、
トヨペットダイナライトバン、こんなのも作ってました。
特注ではなくて純正車両です。

トヨエースのフロントキャブは優れていました、
それまでのトラックはボンネットに左右のフェンダー、
ラジエーターカバー、窓枠と部品が20近くあったのを、
1枚の鉄板を1プレスしたもので済ます事が出来たからです。
この方法は今のワンボックスカーにも生かされています。

1プレスの考え方で最近はバンパーも一体化させて、
バンパーのない車が普通になっていますね。
これからはどんな進化をするのでしょう。


写真はネットで探しました、この写真は荷台がデッキです、
ライトバンは見つからなかったです。
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by grand-ant | 2005-05-17 07:03 | ニュース・評論

トイ カー

昭和34年頃ですトイ カーと言われていたのは。

当時のアメリカ車は後部座席が3人乗りと言っても、
ゆうに5人は座れる広さでした。
日本車の狭さから考えると
トイカーといわれても当たり前と思いましたね。

その頃から走行kmに対するガソリン消費量"燃費"は、
日本車が優れていました。
車体が小さいから当然のことですが、
アメリカは中東の油田に頼らなくてもいい自前の油田を
持っていますし、とっても安い価格でした。
リッター当り2~3Km では
ガソリンの無駄使いではありませんか。

日本はエンジンもボディーもまだ開発途上でした、
トイカーの汚名をどこかで受け入れていました。

その後品質の改良に力を注ぎ試作を繰り返し、
徐々に日本車はよくなっていったのです。
もう20年ぐらい前から燃費のよさと故障の無さで
日本車はアメリカ市場で人気になってゆきます。

最近のハイブリッド車も売れています、
フォードもゼネラルも後れをとっているようです。
日本車は安く、燃費がよく、性能がよく、故障しない
ときましたら売れて当たり前です。
でも、狭さは受け入れてくれているのかなと思ったり、
日本車はセカンドカーには違いないようですが・・
私には分からないことも多いです。

そのフォードとゲネラルが販売不振で傾いてきました、
最近のニュースでトヨタがGMを支援かと言っていました。
無借金王国のトヨタはどんな支援をするのでしょうか。

今、トイ カー は死語です。


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ベランダの花です、毎年咲きますのに名前を忘れました・・オダマキでした。
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by grand-ant | 2005-05-10 05:32 | ニュース・評論

黒の試走車

愛知の自動車会社に出向して、
鮮明に記憶していることが2~3あります。
その一つが黒の試走車です。

工場の隅に作ってあったテストコースを、
まだ免許を取っていない私は助手席に乗って、
時々燃費テストに連れらて走りました。

燃費のテストだけでなく、ボディーの強度、
振動、または耐久度も調べていました。
将来発売予定の試作車ですから、
外観が分からないようにボンネットや屋根をシートで覆って、
テストコースを何周も走ります。
仮ナンバーを付けてテストコース以外の一般道も走りました。

私たちの車は小型トラックでした、
別のチームはスポーツ車に黒いシートを被せて、
愛知を出て富士のテストコースまでも走っていました。

それを偵察していたマスコミに写真を撮られ、
週刊誌に黒いシートで覆われた写真が載りました。
ちょっとしたニュースだったのです。いや、事件でした?
その時は有名なドライバーが運転していたと記憶しています。

シートの下にはマットを入れて
デザインが推測されないようにカムフラージュしたり、
某自動車との新車競争が激しかった時です。

某自動車が新車を出すとそのあくる日には
試作工場でばらばらに分解されていました。
こんなことを書くと守秘義務違反になるかも分かりませんが、
もう40年も経っていますからご容赦願いたい。

そんな「黒の試走車」は小説になって映画にもなりました。
某自動車も同じことをしていたと思います、
自動車と産業スパイを扱った物語だったと思います?
たまたまシートが黒だったからこんな言い方でした、
もし赤であれば「赤の試走車」だったでしょう。

当時の最高級車は輸出車仕様のトヨペットクラウンカスタムです、
でもアメリカでは トイ ペット クラウンと皮肉られたぐらい、
まだ日本車の本領は出ていませんでした。
トイ カー と言われた時代から
今は日本車の優秀さは世界中に知れ渡りました。


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我が家のベランダであやめが咲きました。
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by grand-ant | 2005-05-08 05:48 | ニュース・評論