宮田線磯光駅

家から一番近い駅が「磯光駅」でした、
石炭の全盛期にはこの駅も栄えていたと思います。
この駅のあった宮田線は現在は廃線になってしまいました。

磯光駅は貨物線との分岐点で、単線でしたから、
この駅でのタブレットの受け渡しの様子は、
いまでもよく記憶に残っています。

スピードを落としたSLの機関室の窓から、
機関士の人がタブレットをかざして進んできますと、
ホームの端で待機していた駅長さんらしき人が、
出していた腕の中にさっと入っていました。

もうひとつのタブレットが少し進んだところのポールに、
SLに向かって突き出る形でさしてありました、
それをこんどはSLの機関士さんが片手を入れて取っていました。
SLの貨物列車は止まることなく駅を通過します。

このタブレットはその区間の通行許可証のようなもので、
これが無いと通行できないのです、
正面衝突を防ぐ一つの方法だと後で聞きました。

家から磯光駅まで歩いて2~30分は掛かったと思います、
この駅の近くに細い小川や堤がありました、
そこまで行かないと魚すくいなどの川遊びはできないので、
そんな遠くまで行っていました。

子供の足でよくも遠くまで行ったものです。
小川とは言えない細い溝のような川で、
形は鯛のようで腹の面はきれいなピンク色をした、
小さな魚をすくっていました。
メダカもいましたが小さすぎて興味はなかったです、

大阪の淀川で絶滅が心配されている、
イタセンパラにも似た魚で魚らしい形をしていました。

堤は農業用水のため池だったと思います、
幅2mぐらいの洗い堰になって堤へ水が注ぎ込んでいました。
流れのきつい水流の底に吸い付いている「ドンコ」を、
取ろうとするのですが、小さくてなかなか取れなかったです。

足を滑らすと溺れたりする危険もあったでしょうが、
大人も付いて来ないそんな遊びをしていました。
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by grand-ant | 2005-06-14 06:00 | 想い出
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