朱に交われば・・

今回の琵琶湖周辺での花火、
昨日は大津で大阪から一番近いところだったのに、
用事があってやはり行けなかった。

今日はまた記憶を辿ってみました。
昭和36年頃でしたね、
山奥から出てきて目覚めてきたのは。

20日の日記の肌焼き、大阪の狭い家ながら
狭い裏庭がありましたので天気のいい日曜日に
地べたに寝転んで焼いていた頃です。

同郷の同級生がポピュラーのレコードを集めていて、
遊びに行っては聴いていた頃です。
「ダイアナ」「恋の片道切符」「カラーに口紅」等など、
流行歌しか知らない私には友達がすごく輝いて見えました。

そのうち、私も安い給料から
ポピュラーのレコードを買うようになりました。
LPではなく小さいドーナツ盤です。
英語で唄っているから何を言っているのか分からないのに、
よく夢中になれたものです。
1枚400円位はしていたでしょうね、
月に1枚ぐらいしか買えなかったです。

難波にあった音楽喫茶「なんば一番」へ行こうと言うので、
付いて行きました。電車で行くのかと思ったら、
タクシーを使うのでさすが都会と驚いたものです。
路面電車は活気があっていかにも都会という感じでした。
私達は当時流行っていたマンボズボンをはいて、
自分も都会人の一員になったような気になっていました。

その日は平尾昌晃や中尾ミエ?などが出ていたように
記憶しています。一杯480円?位だったジュースは、
入場料代わりですごく高く思いました。

ジャズ喫茶に音楽喫茶、よく入りました。
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by grand-ant | 2005-04-23 06:26 | 音楽
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